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高松地方裁判所 昭和48年(ワ)135号 判決

原告 早川滋夫

右訴訟代理人弁護士 熊野勝之

被告 有限会社木岡砥石商店

右代表者代表取締役 木岡正吉

右訴訟代理人弁護士 大西美中

主文

1  被告は、原告に対し、金一〇七一万二七〇〇円及び内金三二〇万円に対する昭和四五年七月九日から、内金七五一万二七〇〇円に対する同五三年一一月二三日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを九分し、その四を被告の、その余を原告の各負担とする。

4  この判決は、第1項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金二三二〇万円及び内金三二〇万円に対する昭和四五年七月九日から、内金二〇〇〇万円に対する同五三年一一月二三日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び第1項につき仮執行宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、父上坂茂平及び兄上坂茂と共に石材加工業を営む上坂石材店を共同経営していた。

2  上坂石材店は、昭和四五年六月下旬ころ、被告から、直径四インチのダイヤモンドカッター(円型の金属性台金に工業用ダイヤモンドを砥粒とした一一枚のダイヤモンド層の刃(チップ)を接着したもの―以下「本件カッター」という。)を購入した。

3  原告は、昭和四五年七月九日上坂石材店作業場において、本件カッターを電気ディスクグラインダーに取り付けて石材の切断作業に従事していたところ、突然一一枚の刃のうちの一枚が折損して原告の右眼球を直撃し、原告は、右眼球破裂の傷害を被った(以下「本件事故」という。)。

4  被告はダイヤモンドカッター製作の経験がなく、従ってカッターの強度につき深く考えもせずに本件カッターを設計し、その設計に基づいて、南条工作所に発注して台金を製造させ、東京のメーカーから購入したダイヤモンド層の刃を、カッター溶接の経験のない大塚某に発注して、台金と刃とを溶接させ、不完全な検査しかせずに完成品として販売したものであるところ、本件カッターは、円型の台金の周囲に一一枚もの刃が溶接されているため、刃と刃の間のすき間が小さく、そのため切削した石粉が目づまりし、また空気の流通も悪く、溶接部分に熱をもちやすく、この設計上の欠点と刃と台金との溶接の不完全さがあいまって、本件事故の際、一一枚の刃のうちの一枚が溶接部分で折損し、本件事故を惹起したものである。このように粗悪な本件カッターを販売した被告には、不完全履行による債務不履行責任がある。仮に右責任が認められないとしても、被告には右に述べた過失により本件事故を惹起したもので、不法行為による責任がある。よって被告は本件事故により原告が被った損害を賠償しなければならない。

5  原告は、本件事故のため次の損害を被った。

(一) 治療費 七万三二〇〇円

原告は、本件事故による前記傷害の治療のため、昭和四五年七月九日から同年八月一〇日まで壺井病院に入院して右眼球摘出の手術を受け、その後数日間同病院に通院し、入院費等及び義眼代として合計七万三二〇〇円を支払った。

(二) 逸失利益 三一九九万九八三〇円

原告は、前記のとおり本件事故による傷害のため、手術により右眼球を摘出されて失明せざるをえなくなり、また残った左眼のみを酷使するため左眼の視力も〇・五にまで衰えてしまったが、この後遺障害は、一生続くもので、その程度は、労働基準法施行規則別表第二、身体障害等級表の第七級一号に該当するので、これによる労働能力喪失率は五六パーセントである。しかるところ、原告は、昭和七年二月一九日生で、本件事故当時、三八歳で、石材加工業者として上坂石材店において一か月六万二五〇〇円の収入を得ていた。昭和四五年度の賃金センサスによりこれと照合する給与区分は、その第一巻第一表の産業計、男子、小学・新中卒労働者(三五歳~三九歳)の企業規模計平均給与額がそれで、右表によれば左記のとおりである。

(イ) きまって支給する現金給与額 七万四四〇〇円

(ロ) 所定内給与額 六万二三〇〇円

(ハ) 年間賞与等 一八万五三〇〇円

そこで、右(イ)を一二倍し、(ハ)を加えた一〇七万八一〇〇円が原告の年間平均収入とみて大差がなく、これに原告の労働能力喪失率五六パーセントを乗じた額六〇万三七三六円の半額である三〇万一八六八円が、本件事故の後である昭和四五年七月から同年一二月までの六か月間における原告の逸失利益というべきである。

以下同様の方法により昭和五二年までの各一年間の逸失利益を計算すると以下のとおりである。

昭和四五年(七月から一二月) 三〇万一八六八円

同 四六年 六七万七二〇八円

同 四七年 八三万〇八七二円

同 四八年 九八万二一八四円

同 四九年 一一八万四一七六円

同 五〇年 一三四万一九八四円

同 五一年 一四四万四一八四円

同 五二年 一六一万九八五六円

原告は、昭和五三年においては四五歳で、以後二二年間は就労可能であり、同五二年の右数値をもとに、年五分の中間利息を控除(ホフマン係数一四・五八〇)して算出した逸失利益の現価は二三六一万七五〇〇円である。

以上の合計三一九九万九八三〇円が、本件事故により原告が逸失した利益というべきである。

(三) 慰藉料 三〇〇万円

原告は、本件事故による傷害のため、右眼を失明したため、その精神的打撃は大きく、また前記後遺障害のため、日常生活においても仕事上も著しい不便をしいられており、これにより被った精神的損害を慰藉すべき慰藉料の額は、三〇〇万円を下らない。

(四) 以上のとおり、原告は、本件事故により合計三五〇七万三〇三〇円の損害を被った。

6  よって、原告は、被告に対し、被告の債務不履行ないし不法行為に基づき、前記損害金合計三五〇七万三〇三〇円のうち、本訴においては、金二三二〇万円と内金三二〇万円に対する本件事故日である昭和四五年七月九日から、内金二〇〇〇万円に対する右事故の後である同五三年一一月二三日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

(認否)

1 請求原因第1、2項の事実は認める。なお、被告が上坂石材店に本件カッターを売却したのは昭和四五年六月二四日である。

2 同第3項の事実のうち、原告主張の日時、場所において、原告が作業中、カッターの刃の部分により眼球を損傷したことは認めるが、その余の事実は不知。

3 同第4項は争う。

4 同第5項の損害及びその数額は争う。

(被告の主張)

本件カッターは、電気ディスクグラインダーに取り付けて高速回転させ、硬質の石材を切削するものであるから、その使用方法、石材の質により刃こぼれがすることは機械の性質上やむをえないものであって、従ってこれを使用する原告においても、使用中に刃こぼれがしてそれが飛散する危険性のあることを当然予想し、そのための予防措置を講ずるべきである。すなわち、原告としては、本件カッターを取り付けた電気ディスクグラインダーに本件カッターの周囲を覆う安全カバーを装着する等して作業をすべきであったのに、これを怠り、何らの予防措置を講じなかったため本件事故を惹起したもので、原告において、もし右グラインダーに安全カバーを装着する等していたらこのような事故は起こらなかったはずであるから、本件事故は、専ら原告の右過失により起こったもので、被告には責任がないというべきである。

三  被告の主張に対する原告の反論

被告の主張は争う。

なお、被告は、本件カッターを上坂石材店に販売する際、その使用の際に被告主張の安全カバーを取り付ける等の危険予防措置をとるように告知したことはなく、また安全カバーを装着して本件カッターを石材の切断に使用することは、その作業の性質上不可能である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因第1、2項の各事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被告が上坂石材店に本件カッターを売却したのは、昭和四五年六月二四日であることが認められ、これに反する証拠はない。

二  原告が、昭和四五年七月九日上坂石材店作業場において、石材作業中、カッターの刃の部分により眼球を損傷したことは当事者間に争いがなく、この争いのない事実及び前項の争いのない事実に《証拠省略》を総合すると、本件事故の態様は、次のとおりであることが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

原告は、父上坂茂平、兄上坂茂と共に上坂石材店を共同で経営して、石材加工業を営んでいたが、同石材店は、昭和四五年六月二四日被告から本件カッターを購入し、原告は同年七月九日同店作業場で、本件カッターを電気ディスクグラインダーに取り付け、高速回転させて石材を切断しはじめたところ、作業開始直後に(遅くても二、三分後に)、右カッターの円型金属台金に銀ろう溶接で取り付けられた一一枚のダイヤモンド層の刃のうちの一枚が、溶接部分で折損し、飛散して、原告の右眼球を直撃し、そのため、原告は、右眼球破裂の傷害を被った。

原告は、昭和二二年ころから石材加工業に従事し、同四〇年ころから電気ディスクグラインダーに取り付けたカッターを使用して石材の切断作業を行っていたもので、右作業に習熟しており、本件事故の際、本件カッターの使用につき、無理な力を加えたりした形跡はなく、また、本件カッターは、上坂石材店が被告からこれを購入後初めて本件事故の際に使用された。

右認定事実によれば、本件事故は、本件カッターを上坂石材店において被告から購入して最初に使用中に発生し、その際、原告が本件カッターを使用中に無理な力を加えた形跡はなく、原告の右眼球に直撃した刃は刃と金属台金との溶接部分で折損したものである。以上の事実に、《証拠省略》によれば、本件カッターに用いられた銀ろう溶接は、堅固なものではあるが、溶接する際不手際があれば、そのカッターを使用中に溶接部分で折損してカッターの刃が飛ぶ可能性があることが認められることをも合わせ考えれば、本件事故は、本件カッターの飛散した刃と金属台金との溶接が不完全なため、その部分で折損したことが原因であると推認され、右推認を覆すに足りる証拠はない。

三  次に、被告の責任について検討するに、《証拠省略》によれば、被告は、従来は水を利用するカッターの製造販売業をしていたが、水を使用しないドライカッターの製造販売を決意し、これを設計したうえ、右設計に基づき、金属台金を他で製造させ、ダイヤモンド層の刃を他から購入し、右台金と刃を大塚某に発注して銀ろう溶接させ、とりあえず二〇枚位完成させ、そのうちの一枚は実際に石材を切断し、残りは金づちでたたいて品質検査をし、販売した。本件カッターは、被告において製造販売された右二〇枚位のカッターのうちの一枚であった。以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

右認定事実によれば、被告は、本件カッターの製造販売業者であるというべきところ、本件カッターは、高速で回転する電気ディスクグラインダーに取り付けて石材を切断するのに使用されるものであるから、もし本件カッターを使用中に溶接部分で折損したら、刃が飛散して、カッターを使用する者等の生命身体に危害を加えるおそれのあることは十分に予想されるのであるから、右のような本件カッターを製造販売する被告としては、完全な欠陥のない溶接をするように努めると共に、完成品の品質検査を十分にして、右で述べたような欠陥のない完成品を販売すべき売買契約上の債務を買主に対して負担しているというべきである。そして、前記認定のとおり、被告は、本件カッターを上坂石材店に販売したもので、原告は、同石材店の共同経営者であったから、原告は、本件カッターの買主であるというべきであるから、被告は、売買契約上の右債務に違反して、溶接の不完全な本件カッターを原告に販売し、そのため原告に前記傷害を与える本件事故を惹起したといわざるをえず、よって、被告は、本件カッターの売買契約上の債務不履行(不完全履行)により、本件事故により被った原告の損害を賠償しなければならない。

もっとも、被告は、原告において、本件カッターを使用する際、その性質上刃こぼれのする危険性のあることを当然予想して、その危険を予防するため、電気ディスクグラインダーに本件カッターの周囲を覆う安全カバーを装着する等の予防措置を講ずるべき義務があったのに、原告は、これを怠り、何らの予防措置もとらなかった過失があり、本件事故は、専ら原告の右過失により起こったもので、被告には何らの責任がない旨主張するので、この点について検討するに、《証拠省略》によれば、本件カッターのようなダイヤモンド砥石を使用する研削機械については、労働安全衛生規則(昭和四七年労働省令第三二号)により廃止される以前の労働安全衛生規則(昭和二二年労働省令第九号)六三条により、使用者が労働者に右機械を使用させる場合には、使用者は、右機械に覆い又は囲いを設けるか、これを設けることが作業の性質上困難な場合には労働者に保護具を使用させるようにしなければならない旨規定していることが認められ、《証拠省略》によれば、本件カッターと同様のカッターを使用して石材を切断する作業を行う場合、被告主張の安全カバーを装着すれば、そのため切削部が見えなくなり、作業をすることが困難であること、そのため、石材店においては、安全カバーを装着しないで右カッターを使用して石材の切断作業をなすことがしばしば行われていることが認められるので、本件事故当時、使用者が労働者に、本件カッターと同様のカッターを使用させて石材の切断作業を行わせる場合には、労働者の生命、身体の安全のため、安全カバーを装着しないことはやむをえないが、少くとも面防具等の保護具を使用させなければならない労働法規上の義務があったというべきである。ところで、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故の際、右安全カバーを装着しなかったことは勿論、保護具を使用しなかったことが認められるが、前記条項は、使用者に課せられた労働法規上の義務を規定したものであるから、本件事故の際に原告が保護具を使用しなかったとしても、そのことのみで直ちに本件事故は専ら原告の過失のみによるということはできない。しかしながら、前記条項が、本件カッターのようなダイヤモンド砥石を使用する研削機械を使用して作業をする際に、そのカッターの刃こぼれにより作業を行う者に危険を及ぼすことのあることまでも考慮して規定されたと考えられるので、その規定の趣旨により、本件事故の発生について、原告が保護具を使用しなかったことに過失があったといわざるをえないが、そのことは本件事故によって被った原告の損害額の算定にあたって斟酌すべき過失であるというべきである。よって、右のような原告の過失があるからといって被告は前記債務不履行責任を免れることはできないので、結局被告の前記主張は採用することはできない。

四  そこで、進んで損害の額について検討する。

(一)  入院治療費等

原告が本件事故により前記傷害を被ったことは既に認定したとおりであるところ、《証拠省略》によれば、原告は、右傷害の治療のため、昭和四五年七月九日から同年八月一〇日まで壺井病院に入院し、右眼球摘出の手術を受け、右眼を失明するに至り、義眼をはめることになり、退院後も数日間右病院に通院し、その入院治療費及び義眼代として少くとも七万三二〇〇円を支払ったことが認められる。

(二)  逸失利益

原告が本件事故による傷害のため右眼を失明するに至ったことは既に認定したとおりであるところ、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる甲第一四号証によれば、原告の残った左眼の視力は、本件事故前には一・〇であったのに、昭和五二年一〇月七日においては、右眼が失明したこともその一因で、〇・五にまで低下したことが認められるところ、原告の右後遺症の部位、程度及び一眼が失明し、他眼の視力が〇・六以下になった場合においては労働基準法施行規則別表第二の身体障害等級表の第七級一号に該当し、かつ、労働基準監督局長通牒による労働能力喪失率表によれば、右別表第七級に該当する者の労働能力喪失率は五六パーセントとされていることを考慮すれば、原告の右後遺症による労働能力喪失率は五〇パーセントであるとみるのが相当である。

そして、《証拠省略》によれば、原告は、昭和七年二月一九日生で、本件事故当時三八歳で、石材加工業者として稼働し、収入を得ていたことが認められるが、本件事故当時の原告の収入額については何らの立証もなされていない。ところで、《証拠省略》によれば、労働省労働統計調査部による「賃金センサス」(昭和四五年度)第一表による同年度の産業計、学歴計、企業規模計男子労働者(三五歳~三九歳)の全国平均の年間平均賃金が一二二万七二〇〇円であることが認められる。

以上認定事実によれば、原告は、本件事故当時、少くとも右年間平均賃金一二二万七二〇〇円を下らない年間収入を得ていたもので、本件事故以後少くとも六七歳に達するまでの二九年間は就労して右と同額の収入を得たであろうことが認められるので、右後遺症による労働能力の喪失によって逸失する得べかりし収入の本件事故当時における現価(年五分の中間利息の控除)は、次式のとおり一〇八一万七七〇〇円となる。

1,227,200円×50/100(労働能力喪失率)×17.630(ホフマン係数)≒10,817,700円(百円未満切り捨て)

(三)  過失相殺

以上(一)、(二)の各損害の額を合計すると一〇八九万〇九〇〇円となるところ、本件事故の発生につき原告にも過失のあったことは前記認定のとおりで、このような被害者の過失は損害額の算定についてこれを斟酌するのが相当であり、かつ、前記認定の事実関係から考えると、原告の過失の割合は二割と評価するのが相当である。

そうすると、原告の前記(一)、(二)の損害額は、右の合計額からその二割を控除した八七一万二七〇〇円(百円未満切り捨て)であるといわなければならない。

(四)  慰藉料

原告が本件事故による傷害を治療するため、入院し、かつ、右眼を失明したことは前記認定のとおりであり、右認定事実に本件事故発生に至る経緯、被告側の債務不履行の態様と程度、被害者である原告の過失、その他本件にあらわれた諸般の事情を合わせ考えれば、本件事故により原告の被った精神的損害を慰藉するに足りる慰藉料の額としては二〇〇万円が相当であるというべきである。

五  以上のとおりであるとすると、被告は、原告に対し、前項で認定した損害額合計一〇七一万二七〇〇円と内金三二〇万円に対する本件事故日である昭和四五年七月九日から、内金七五一万二七〇〇円に対する右事故の後である同五三年一一月二三日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務があり、原告の本訴請求は右の範囲内で理由があるからこれを認容し、これを超える部分は失当なので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 礒尾正)

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